音楽家はサービス業

山形交響楽団は、同交響楽団音楽監督、
飯森範親氏の優れたマーケティング思考によって、
劇的な改革を成し遂げた興味深い事例です。

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山形交響楽団(以下「山響」)は、
今年(2012年)に40周年を迎える比較的小規模な
シンフォニーオーケストラ。

第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した

『おくりびと』(2008年)

に、山響が出演したことを
ご存知の方もいらっしゃるでしょう。


さて、他の多くのオーケストラと同様、
過去の山響はコアなファンはいるものの、
集客は頭打ち。

会員もなかなか増えず、
楽団経営は厳しい状況が続いていました。


そんな山響を大きく変えることに成功したのが、
2004年に常任指揮者に就任した飯森範親氏でした。

飯森氏は就任後、

「音楽家はサービス業」

という考えの下、

「一度来ていただいたお客さまを絶対に放さない
(繰り返し足を運んでもらう)」

という姿勢、すなわちリピーターやファンを
増やすことを重視した、さまざまな改革に着手したのです。


彼が行なった一連の改革は、極めて優れた

「マーケティング思考」

に基づくものだと言えます。

私なりにポイントを整理すると3つ挙げられるでしょう。

1 (商品改革)聴衆の鑑賞体験のクオリティを高める
2 (コミュニケーション改革)山響の魅力を効果的に伝える
3 (運営改革)コンサートに足を運びやすくする

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1 商品改革

聴衆が楽しむオーケストラの演奏を

「サービス商品」

と考えると、まず商品そのものの

「クオリティ」

を高めることが大事ですね。

飯森氏は、「演奏」という商品の改革のため、
以下のような指示を事務局に対して指示しました。

・音響の良い「山形テルサ」(ホール)での公演を増やす

 山形テルサは収容人員が少ないため、
 他の収容人員の大きいホールよりも1公演
 あたりの経費が重くなります。

 それでも、飯森氏は、優れた音響で演奏を
 楽しんでもらうことが重要だと考えたのです。


・定期演奏会にはソリストをなるべく毎回呼ぶ 

 人気のソリストを呼べば、やはり集客力がアップします。
 経費は増えますが、鑑賞体験はより魅力的なものとなる
 のです。


・開演前に指揮者が「プレ・コンサート・トーク」を行なう

 「プレ・コンサート・トーク」は、演奏会の直前に
 指揮者が舞台に出て行き、当日演奏する曲の背景や歴史、
 エピソードなどを解説するもの。
 先日の記事「平均的顧客はいない」でも示したように、
 こうした解説があると、トライアリスト(初めての客)や
 クラシック初心者はより演奏を楽しむことができますね。


・CDをたくさんリリースする

 地方のオーケストラがCDを出すのは珍しいことですが、
 CDを収録する際、自分たちの演奏を楽団員が聴くことに
 よって、演奏のクオリティは格段にアップするのだそうです。

 CDを販売することはもちろん宣伝にもなり、
 山響の演奏をCDで聴いたクラシックファンが、
 全国から山形にやってくることも増えました。

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2.コミュニケーション改革

どんなに素晴らしい演奏ができても、
その良さを上手に伝えなければお客さんは、
興味を示してはくれません。

マーケティングコミュニケーションのキモは、

「良いものをより良く見せる」

ということなのです。

飯森氏は、山響に

『食と温泉の国のオーケストラ』

というキャッチフレーズをつけました。

山形の「食」のおいしさ、
そして山形のすべての自治体にあるという、
豊富で個性的な「温泉」の魅力を抱き合わせにして、

「魅力あふれる山形のシンフォニーオーケストラ」

という

「ブランドアイデンティティ」

を明確化したのです。

このキャッチフレーズは、

「山響・温泉グルメツアー」

という演奏会と温泉・食事をセットにした
旅行パッケージとしても具現化され、
県外の客を多数集めることにつながりました。


また、定期演奏会の年間プログラムは、
従来は、A3のチラシを折りたたむスタイルでしたが、
飯森氏は、フルカラーの立派なプログラムを
作ることを指示。

なんとか経費をやりくりして作ったところ、

「山響が変わった」

という印象を一発で与えられる効果があり、
山響のステータスも上がった。

聴衆からも好評を博したのです。

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3.運営改革

飯森氏就任以前、
山響の定期演奏会の日程は月曜や木曜など、
平日がほとんどだったそうです。

しかし、飯森氏以降は、

金・土・日

に開かれるようになりました。

以前は、客が聴きに行きやすい日程を選んで
コンサートを開くという、言われてみれば
ごく当たり前のことができていなかったわけです。

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山響は、こうした飯森氏の一連の改革によって、
経営の黒字化を果たし、昨年の大震災の影響を
受けながらも、今年、無事に40周年を迎えました。


飯森氏は、

『マエストロ、それはムリですよ』

の中で次のように語っています。

「消費者のニーズをリサーチするアンテナを張ることで、
 それに敏感に反応しながら、常に先を行く、良い意味で
 消費者の期待を裏切るようなレアな商品を提供し続ける」

飯森氏は、「指揮者」としてだけでなく、
事業会社の「マーケター」としても
間違いなく成功したことでしょうね。


飯森氏のこうした考え方、
そして山響で行なった改革のアプローチは、
他のオーケストラにとっても良い

「ロールモデル」
となるだけでなく、

「こんなに良い商品なのに、なぜみんなわかってくれないんだ」

と独りよがりで、顧客志向の欠如した他の業界にも
大いに参考になるのではないでしょうか?


*山形交響楽団
http://www.yamakyo.or.jp/

*「平均的顧客はいない」(マインドリーディング・ブログ)

『「マエストロ、それはムリですよ・・・」
 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~』
(松井信之著、飯森範親監修、ヤマハミュージックメディア)

投稿者 松尾 順 : 2012年09月25日 10:25

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