マーケティング3.0考
●最新マーケティングバイブル『Marketing3.0』
『Marketing3.0』は、これからのマーケティングのあるべき方向性を明確に
示 した良書です。マーケティングの「最新バイブル」とも呼べる内容であり、
マーケターの必読書となることは間違いありません。
『Marketing3.0』では、新しいことが説かれているわけではありません。
マー ケティングがこれからどうなっていくかについての「きざし」をうまく
整理し、概念化してある点に本書の良さがあります。
実は、『Marketing3.0』の核となるアイディアは、アジアで生まれています。
コトラー氏の共著者は、東南アジアに拠点を持つマーケティング会社の人です。
これからポイントを紹介していく中でなんとなくわかると思いますが、
東洋的な思想がマーケティングに取り入れられたのが『Marketing3.0』です。
ですから、日本人の私たちにも結構しっくりくることが書かれています。
●マーケティングの進化
過去数十年間、マーケティングは顧客や市場環境の変化に伴って進化を遂げて
きました。最初の「Marketing1.0の時代」は作れば売れる時代のマーケティング
でした。製品を売ることしか頭になかった「製品中心のマーケティング」。
そのうち、市場にモノがあふれ競争が激化し、消費者の嗜好が高度化・複雑化
したため、「Marketing2.0の時代」へと進化せざるを得なくなります。2.0の
時代は、「顧客中心のマーケティング」です。個々の消費者のニーズにきめ
細かく対応し、製品を売るのではなく、顧客を創造することがマーケティングの
最大目的となりました。
そして今、「Marketing3.0の時代」が到来しつつあります。3.0の時代を迎え
た背景には、地球温暖化などの地球環境や生物多様性に関する問題、
人口爆発、経済成長のひずみが生み出した貧困問題など、社会・地球規模
で取り組むべき課題が増えたことがあります。
現代の消費者は、ただ自分の欲求を充たすだけではなく、自分の購入する商品
が地球環境などに悪影響を及ぼさないかということを懸念するようになってい
ます。あるいは、身近な日本社会における問題、さらには発展途上国の諸問題
について憂慮し、「自分にできることが何かないか」と考えるようになってき
ました。
つまり、現代の消費者は、個人としてだけでなく日本社会というコミュニティ
の一員として、さらには、様々な生物と共に大きな一つの生態系を作りあげて
いる地球に住む人類の1人である、という意識で行動するようになっています。
こうした消費者に受け入れられるため、マーケティングは、消費者の個人的な
ニーズだけに着目するわけにはいかなくなりました。単に「商品を購入する人」
として見るのではなく、全人間的に消費者を把握し、彼らが抱えている社会・
世界レベルの懸念や関心事にも、ビジネスを通じて何らかの形で対応する必要
があります。
つまり、Marketing3.0は、「人類中心(human-centric)のマーケティング」
なのです。
個人的なニーズを超え、現代の消費者が抱える社会全体・地球全体に関わる
問題(=人類レベルの問題)の解決に、ビジネス、そしてマーケティングが
何らかの形で'意識的に'貢献することが必要になったということです。
●3つの力
まず、「Marketing3.0」という新たなマーケティングの概念が要求されるように
なった背景にある「3つの力」について解説しましょう。3つの力とは、
「参加の時代」「グロバールパラドックスの時代」「創造的社会の時代」です。
・参加の時代
「参加の時代」とは、企業の商品開発やマーケティングコミュニケーションに、
消費者が積極的に参加することができるようになったということです。
これを実現したのは言うまでもなくIT革命ですね。低価格のパソコンや携帯
電話、インターネット接続サービス、そして多くの場合、無料で手に入る優れた
オープンソースの各種ソフトウェア。
IT革命によって、企業と消費者は、簡単に双方向のやりとりができるようにな
りましたし、人々がつながりあうソーシャルメディアによって、消費者の集団
的なパワーが増大しました。
したがって、これからの企業は、事業活動に積極的に消費者を巻き込み、
彼らの意見や要望をリアルタイムに取り入れることが求められます。これは、
消費者が本当に求めている、有益な製品づくりに役立つだけでなく、顧客との
絆づくりにもつながるのです。
ブランド構築についても、マーケターは従来のようなコントロール力を持ち
得ず、消費者ネットワーク、消費者コミュニティの集団的パワーが、ブランドに
大きな影響を与えるようになっています。もはや、ブランド構築もある意味、
消費者に委ねる時代なのです。
・グローバルパラドックスの時代
次に「グローバルパラドックスの時代」について。IT革命と輸送技術の進展の
おかげで、世界の国々の間の情報・物資のやりとりは非常に早く簡単に
低コストになりました。いわば世界は一つの国のようにあらゆるものが自由に
流れつつある時代です。
ただ、グローバル化は、同時にいくつかの矛盾というか「パラドックス」を
生み出しています。ひとつは、グローバル化は誰にも平等の恩恵をもたらした
わけではないということです。低賃金労働問題のような形での所得格差を大きく
することにもつながっているのです。グローバル化によって生まれた様々な問
題に対する懸念が高まっているのです。
また、グローバル化によって、ファーストフードに代表される、画一的な商品
・サービスが世界の都市を席巻することで文化が世界的に均質化する傾向が
ある一方で、その反動としてのローカルな文化、伝統を守ろうとする動きが
強まっています。つまり、人々は以前よりもますます自分たちの文化・伝統に
対する関心を高めているのです。
こうしたグローバル化の矛盾によって、やはりビジネス、マーケティングは、
個人のニーズだけを考えるのではなく、社会・世界全体レベルでの視野を
持たなければならなくなっています。
・創造的社会の時代
最後の「創造的社会の時代」ですが、お金で買えないものに価値を見出す、
また精神的なものを大切にしたいとする人々が世界的に増加しているという
意味です。彼らの多くは創造性が要求される専門的な職業に従事している
ことから「クリエイティブ・クラス(階級)」と近年呼ばれるようになっています。
創造的社会では、ただ便利とか安いというだけでは商品は選択されません。
デザインの美しさなどの情緒的価値の高さに加えて、人々の奥深くにある魂を
揺り動かすことのできるような価値をも提供しなければならないのです。(これ
は、必ずしも、いわゆるスピリチュアル、宗教的なものというわけではありま
せん)
●価値駆動の時代
またちょっと別の視点でMarketing 3.0を考えてみます。
Marketing 3.0は、「価値駆動の時代(Value-driven era)」において、
求められるマーケティングの取り組み方法だと言えます。「価値駆動」とは、
人々は、自分が大切にしたいと考えること=価値観に基づいて消費を行うと
いう意味です。
従来のように、ただ充たされない欲求があるから製品やサービスを購入する
のではなく、地球全体、あるいは社会全体の問題に対して「どうにかしたい」
という思いを商品選択で重視するようになってきたということです。
ですから、Marketing 3.0では、従来のように、単に「消費者」として人々を
見るのではなく、知性(Mind)、感情(Heart)、そして人間性(Spirit)を
併せ持つ一人の「人間」として把握しようとします。
ここでちょっとわかりにくいのが「人間性」(Spirit)という言葉です。
人間性とは、人々が誰もが本来心の奥底に持っていると思われる、個人の欲求
を超えたところにある、社会的価値の追求、さらに言えば地球的価値の追求と
言えるでしょう。したがって、前述した「価値駆動の時代」に最も大きく
関わってくるのが、この人間性です。
要するに、自分個人よりも社会全体、地球全体の調和や幸福を願い、その実現
に対して、自分が何らかの形で貢献したいという思いのこと。一言で形容でき
るぴったりの言葉は今のところ発見できていませんが、いちおう、私は
「人類愛」と言い換えることにしています。
●水平的につながった消費者
Marketing 3.0では、今日の市場においては人々の企業に対する「信頼」が
劇的に低下していることを指摘しています。実際、日本においても偽装事件が
次々と明るみに出るなど、企業に対する信頼性は随分と失われました。
一方、信頼性が高まっているのが消費者お互い同士。SNSやツイッターなど
インターネット上で水平的に広がるネットワークを通じて頻繁に情報を交換
しあっています。
消費者の中にはもちろんガセネタを流す人もいます。しかし、ソーシャル
ネットワークは、友人同士がつながるところから始まっているだけに入手
できる情報は十分に信頼に足るものが多いのです。売上のためにしばしば、
ウソの情報を流してきた企業とは大違い。
従来、消費者の情報入手方法が実質マスメディアに限定されていた時には、
企業は、マスコミュニケーションを通じて消費者が得る情報内容をかなりの
程度自由にコントロールできました。
豊富な予算を持つ企業が、情報においては上位に立ち、孤立した消費者たちを
上から見下ろすかのように、垂直的な情報操作を行ってきたのです。しかし、
そんな時代はインターネット革命によって終焉を告げたのです。
消費者はもはや孤立しておらず、数億人、数十億人の規模で水平的に
つながりあい、巨大なグローバル企業でさえ凌駕するパワーを持つように
なってきました。
消費者がその気になれば、世界規模で特定企業の商品ボイコットや糾弾活動を
展開し、企業を事業停止に追い込むことさえ比較的簡単にできる可能性がある
のです。
今、企業人としての私たちは、ネットワークでつながった消費者が持つ
強大なパワーを決してみくびってはいけないのだと痛感しています。
●消費者の信頼を回復するMarketing 3.0
企業に対する消費者の信頼が大きく展開した今、信頼を回復するためには、
「新消費者信頼システム(the new consumer trust system)を構築する
必要があると『Marketing 3.0』では説いています。
「新消費者信頼システム」は、消費者間の横のつながりを尊重するものです。
従来のように、企業が上位に立ち垂直的にコミュニケーションを行い、消費者
を恣意的に操作することができなくなった現代における新たな取り組みです。
そして、この新消費者信頼システムの構築において主要な役割を果たすのが
「マーケティング部門」なのです。ここでマーケティング部門には、広報、
広告、販促、営業などが含まれます。
なぜ、マーケティング部門が主要な役割を果たすのでしょうか?
言うまでもありませんが、消費者と直接的な接点を持つのがマーケティング
部門だからです。消費者は、マーケティング部門と行うコミュニケーション、
また、当該部門の人々と直接触れ合うことによって、企業に対する信頼を
形成していくからです。
このことは、自社Webサイトや公式ツイッターなどを運営することによって、
マスメディアを媒介せず、ダイレクトに消費者とコミュニケーションを行う
ことができるようになった今、極めて重要なポイントだと言えます。
『Marketing 3.0』では次のように述べられています。
“マーケティングはもはや、単に売ることでもなく、需要を生みだすための
道具を使うことでもない。マーケティングは今、消費者の信頼を回復する
ための、企業にとっての大きな希望と考えるべきである。”
●共創、コミュニティ化、性格(キャラクター)形成
企業が、Marketing 3.0を実践して成功を収めるためには、消費者が近年、
ますます重視するようになってきた3つのことを深く理解する必要があります。
それは、「共創(Cocreation)」「コミュニティ化(Communitization)」
「性格形成(Character Building)」の3つです。
・共創(Cocreation)
共創とは、企業と消費者が共同、協力しあって、新たな価値を生みだすこと。
共創を実現するためには、企業は、消費者との共同・協力の場となる基盤=
プラットフォームを構築する必要があります。
この一例を挙げれば「クックパッド」。消費者が自分の得意な料理レシピを
投稿することにより成立している情報サイト。企業が構築した基盤の上で、
消費者がお互いにレシピを入手することを通じて、企業は、新商品開発に
つながる貴重なヒントや事業収益の機会を得ています。
・コミュニティ化(Communitization)
ここでのコミュニティ化というのは、SNSなどだけを指しているわけではあり
ません。従来の多くのコミュニティが地域などの地縁で成立していたのに対し、
特定の興味関心や共通するライフスタイルなどによって結びついた現代の
新たなコミュニティのことです。
企業として忘れてはいけない点は、コミュニティはそこに属するメンバーの
ために存在しているのであり、企業が勝手に操作しようとすべきでないこと、
むしろ、コミュニティに奉仕すべきであることです。
・性格形成(Character Building)
企業や製品を「人」だと考えてください。人はそれぞれユニークな性格や価値
観を持っていますね。企業は製品もまた、ユニークな性格を形成していく必要
があるのです。
もちろん、単にユニークであるということだけでなく、正直で真摯で信頼にた
る性格を形成することによって、消費者とのきずなを深めていくのです。
●マーケティングの進化
さて、『Marketing3.0』では、これまでのマーケティングの進化についても、
実に手際よく、わかりやすく説明されています。本書によれば、
マーケティングは大きく3つの基本的な考え方に基づいて進化してきています。
すなわち、「製品管理」「顧客管理」「ブランド管理」の3つです。
「製品管理」とは、製品の開発・生産・販売に重点を置いたもの。
作れば売れた時代のマーケティングですね。日本で言えば高度成長期。
冷蔵庫、エアコン、自動車など、生まれて初めて買うという消費者がほとんど。
いい製品を作ること、その存在を広告することだけを考えていれば十分でした。
しかし、市場が成熟し競合も激化。新規購入ではなく、買い替え、買い増しの
消費が主流となると、「どんな製品を買うか」ではなく、「どの企業から買う
かという判断が重要になってきます。このため、製品だけでなく、顧客対応や
サービスの充実が求められるようになってきた。
そこで「顧客管理」がマーケティングにおける中心課題となったのです。
私の専門としている「CRM(Customer Relationship Management)が、
当時の最新のマーケティングの考え方として大きな注目を浴びました。
そして、顧客管理に続く、マーケティングの進化として生まれてきたのが、
「ブランド管理」です。「ブランド」とは、消費者の頭の中にある、商品に
ついてのイメージや好き嫌いなどの評価や感情のこと。
マーケティングは、製品や顧客との関係性を管理するだけでなく、
消費者の頭の中にあるブランドを望ましい形で形成することに目を向ける
ようになったのです。
●マーケティング=経営
マーケティングの進化には、別の視点もあります。Marketing3.0で
説明されている内容を私なりに噛み砕けばやはり次の3段階になります。
「戦術的」→「戦略的」→「経営的」
前項の「製品管理」の初期の時代では、「戦術的」なマーケティングが
行われていました。要するに、基本的に作った製品を「売る手段」に
過ぎなかったわけです。小手先のテクニック開発がメインでした。
しかし、製品自体だけでなく、優れた顧客対応やサービスも要求されるように
なってくると、より高所的、全体的な視点でマーケティングを組み立てる必要
が出てきます。製品開発・生産・販売・サービスという価値連鎖を考慮した
「戦略的な」マーケティングが広まっていきます。
そして、近年はさらに経営全体の視点からマーケティングを考える必要が
出てきました。ある意味、マーケティング=経営という等式が成り立つほど
ビジネスにおけるマーケティングの存在が大きくなったのです。
「経営的」マーケティングが求められる理由。それは、消費者が社会、
また地球規模の影響を考慮して商品を選択するようになり、企業の社会に
おける存在意義を問うようになったからです。
したがって、マーケティングは、社会における企業の存在価値を証明する
活動として位置づけるべきであり、ここには経営レベルの視点が不可欠
なのです。
●まるごとの人間
マーケティング3.0では消費者を「まるごとの人間」(Whole Human beings)
として把握し、対応する必要があると説いています。本の中では、
『7つの習慣』のスティーヴン・コヴィーの説を引用していますが、まるごと
の人間は、以下の4つの基本的な要素を持っています。
・身体(physical body)
・知性(mind)
・心(heart)
・人間性(spirit)
すなわち、物質的な「身体」、独立した考えや分析を行うことのできる
「知性」(mind)、感情を司る「心」(heart)、そして、「人間性」(spirit)
です。
「人間性」(spirit)は以前もご説明しましたが、今回は別の説明を加えると
そもそも人間とは何か、なぜこの世に存在しているのかといった哲学的な
思いをはせる部分のことだと理解してください。
マーケティングは、当初、「知性」を対象にコミュニケーションをして
きました。つまりこの製品は役に立つ、といった論理的な判断を求める
方法です。製品が持つ「機能的価値」「便益的価値」を訴求するわけです。
しかし、同じような「機能的価値」「便益的価値」を持つ競合他社商品は
山ほどありますよね。そこで、消費者の「心」、言い換えると「感情」に
訴えようとするコミュニケーションが台頭してきたのです。
これは、例えば、「この商品を買うと、楽しい気分になりますよ、
心地よいですよ、誇らしいですよ」といった「情緒的価値」を伝えるという
ことです。このアプローチは、一般に「感情マーケティング」と呼ばれ
現在全盛期を迎えていると言えます。
●グローバル・ビッグ・イシュー
そして近年、増える兆しを見せてきたのが、「人間性」に訴えるアプローチ
です。これは、個人の欲求を超えたところにある、社会、あるいは地球規模の
課題や心配事、不安について、企業がどのように考えており、それらの解決に
どのような貢献ができるかを伝えることです。
人間性に訴えるマーケティングは、外国の大手グローバル企業は既に
積極的に取り組んでいます。たとえば、GEやネスレなどです。こうした企業
では、「グローバル・ビッグ・イシュー」を解決するということを事業の根幹に
据えて活動していることを対外的に公言しているのです。
「グローバル・ビッグ・イシュー」とは、文字通り「地球規模の大課題」と
いうこと。具体的には、貧困、伝染病、資源の枯渇、絶滅危惧種、地球温暖化
といった課題の解決を企業として目指す。
その一環として様々な商品を開発、提供するということです。 具体例として
は、GEの「ecoimagination」(エコ イマジネーション)があります。Web
サイトがありますので興味のあるかたはアクセスしてみてください。
この取り組みはGEが環境問題の解決のためのものであり、具体的には、
太陽光発電用のパネル、風力発電用タービンなどの 製品に結びつけています。
単にお題目としてではなく、実際に環境問題の解決に貢献していることを
伝えているのです。
「人間性」に訴えるマーケティングは、単に以前のメセナやフィランソロピー
のように、収益の一部を寄付するといった活動に限定しません。企業全体と
して取り組む、商品を通じて貢献するという点が従来と大きく異なります。
すなわち、「経営的」なマーケティングなのです。
●ブランドの所有者は消費者
2010年10月頭、米GAPが公式ベージ上のロゴマークを新しいマークに切り替え
たところ、ツイッターやフェイスブックなど、ソーシャルメディアで消費者
からの反対の声が上がり、わずか数日後には、元のロゴマークに戻すという
事件がありました。今月(2011年1月)にも、スターバックスのロゴマーク
変更に対して、利用者から賛否両論の意見が湧きあがっていますね。
ブランドは、いったん成立したら、もはや企業のものではなく消費者のもの
であると言われてきました。この言葉が単なるお題目ではなく現実にそうで
あることを「GAPロゴマーク事件」は実感させてくれました。
Marketing 3.0では、イケアのフォント事件が紹介されています。
イケアは、 2010年からカタログなどに利用している文字を従来の「FUTURA」
から「VERDANA」に変更しました。
「VERDANA」は、紙でもWEBでも使いやすいこと、また「FUTURA」は
有料でしたが「VERDANAは無料のため、コスト削減にもつながり、
それが顧客の利益にもなるという判断だったようです。
ところが、やはり消費者の反発を受け、元のフォントに戻すオンラインの
署名活動が行われたほどでした。新しいフォントは、イケアの持つ
スタイリッシュなブランドイメージにそぐわないということらしいのです。
イケアの場合、旧フォントに戻すまでには至っていませんが、ソーシャル
メディアによって消費者が横につながり、社会的な発言力を高めたおかげで
企業に対する賛成、あるいは反対の意向が即座にかつ明確に社会に広まる
ようになったこと。
これが、消費者を真の意味でブランドの所有者にしたのでしょう。
●望ましいブランドミッション
もはや企業はブランドを所有できない。そしてブランドのミッション(使命)
は、消費者のミッションと等しいのです。つまり消費者が日々の生活の中で
目指していること、望んでいることをブランドが体現しているということです。
Marketing 3.0では、このような現状において企業ができることは、ブランド
のミッションに沿って、自らの企業行動を行うことだと述べています。もし、
ブランドのミッションに反するような行動を取ったら、すぐにブランド所有者
である消費者から、強烈なパンチを食らうことになります。
では、よいブランドのミッションは何なのでしょうか?それは、消費者の生活
をより良い方向に変えることです。小手先の商品を出して束の間の満足を与え
ることにとどまらず、ライフスタイルを大きく変えてしまうくらいのインパクト
を持つもの。
そうした商品は必然的により大きな視点、すなわち社会や世界、地球全体と
いった視点で、より望ましいライフスタイル、生き方を捉え直すことから
始める必要があります。
そしてまた、わかりやすく、心に響く「ブランドのストーリー(物語)」が、
ブランドミッションと共に、人々の間で語り継がれていくことが望ましい。
目先の顧客ニーズだけを追っている場合ではない時代なのです。
●洞察力がブレークスルーにつながる
企業が持つべき、望ましいブランドミッション(使命)は、消費者の生活を
大きく変えることのできる(もちろん良い方向に)インパクトを持つことです。
これは、極めて強い競争優位性の確立につながります。
近年、これを実現しているブランドとしては、やはりiPod、iPhone、
iPadといった製品を世に出した「アップル」が一番わかりやすいでしょう。
アップル社の製品は、まさに私たちのライフスタイルを大きく変える力を
持っています。
では、こうした「ブレークスルー」(飛躍的な革新)とも言える製品を開発
するにはどうしたらいいのでしょうか。それは、消費者、というより、人間
そのものについての深い理解、そして、深い理解に基づく洞察力を持つこと。
洞察力とは、人がほとんど意識していない微かな欲求、あるいはすっかり
慣れてしまったために、普段は気付かない不平、不満、不便を感じ取る力
だと言えるでしょう。これらは、「インサイト」とも呼ばれます。
「インサイト」を感じ取る力が洞察力。もちろん、言うは易しで簡単に身に
つくものではありません。いわゆるカリスマリーダーと呼ばれる人たちの
多くは、洞察力を生まれながらに持ち合わせてるようですが。
大事なことは、中心部ではなく周辺に目を配ること。大勢ではなく少数派の
動きに注目すること。というのも、周辺部にいる少数派の人々は、いち早く
多数派がまだ気付いていないインサイトを顕在化させ、それを言葉に
出している可能性があるからです。
すなわち、企業は、外部で起きている小さな変化、兆しに敏感になる必要が
あるということです。私の専門分野である「マーケティング・リサーチ」
について考えると、基本的に多数派の意見を吸い上げることに向いている
アンケート調査だけでは不十分です。
サンプル数は数件でも、消費の現場に行き、現実の顧客とじっくり対話する。
あるいは、ありのままの消費行動を観察させていただく。そうすることで、
小さな変化、兆しを捉えることができます。また、こうした行動が、洞察力
を高めることにもつながります。
●ブランドストーリーも重要
さて、消費者の生活を大きく変えるようなブランドには、ブランドを支える
ストーリー(物語)がつきもの。ブランド・ストーリーを通じて、
人は感動し、共感・共鳴し、ブランドの熱烈な支持者となっていきます。
実は、ブランドストーリーも、やはり企業だけが作るものではありません。
基本のストーリーはもちろん、企業内で生まれます。しかし、昔ばなしが、
人から人へと伝えられる過程で少しずつ変貌していったように、ブランド
ストーリーも消費者との共同作業になります。
Marketing 3.0では、ブランドストーリーもまた、企業がコントロールしよう
とはすべきではなく、消費者に手渡すべきだというのが基本主張です。
企業がやるべきことは、真摯(Integrity)で真正(Authenticity)であること。
そうすれば、否定的なストーリーへと変容させられていくことはありません。
●グリーンマーケティング
「石」からできている紙があるのはご存知でしょうか?石灰石の粉末に
ポリエチレン樹脂等と加えたもので、丈夫で防水性も高いそうです。
製品名は「リッチ・ミネラル・ペーパー(RMP)」です。
「石の紙」は値段的にはちょっと高めです。しかし、木材パルプを使用して
いないため、森林資源の保護につながる点がメリットです。個人的には、
こうした製品がもっと普及してくれればと願っています。
地球環境保護に役立つ製品は、おおむね割高なのが課題ですね。しかし、
普及すればするほど生産コストも低下して、手に入りやすい価格になる、
おかげでますます利用されるようになるという「善循環」を私は期待して
いるのです。
さて、地球環境保護につながる製品を開発したり、マーケティング施策を行う
ことを「グリーンマーケティング」と呼びます。「グリーン」とはもちろん、
緑豊かな自然を喩え、それを守ることを意図しています。
近年、地球環境の悪化が顕著になるに伴い、グリーンマーケティングに対する
消費者の関心が大きく高まっています。同時に、これまで述べてきたように、
企業の社会貢献意識も強まったことから、企業のグリーンマーケティングへの
取り組みもますます積極的になっています。
ただ、現実にはまだまだ普及途上であり、「エコに配慮した製品を開発した
ものの、消費者はなかなか買ってくれない」という企業側の嘆きを聞くことも
多いのです。
●グリーン市場4つのセグメント
グリーンマーケティングがなかなか浸透しない背景には、個々の消費者の心理
の違いがあります。端的に言ってしまうと、環境に配慮した製品に対して肯定
的で、積極的に購入する人は少数派であり、まだまだ慎重派、懐疑派が多数を
占めているということです。
Marketing3.0では、上記について「グリーン市場の4つのセグメント」という
視点を提示しています。すなわち、グリーン製品(環境保護に貢献する製品)
に対する消費者心理の違いから、「トレンドセッター」「バリューシーカー」
「スタンダード・マッチャー」「コーシャス・バイヤー」という4つのセグメ
ント(グループ)に分けているのです。
「トレンドセッター」は、自らも環境保護活動を行っているような、いわば
「環境マニア」です。彼らは、環境保護に役立つ革新的な製品を歓迎する
人たち。感情的・精神的動機からグリーン製品を購入します。ロジャースの
普及理論に当てはめれば「イノベーター(革新者)」や、「アーリー
アダプター(初期採用者)」です。
「バリューシーカー」は、合理的な動機、効率向上、コスト削減にも役立つと
いう理由でグリーン製品を購入する人たち。つまり、グリーンマーケティング
に積極的ではあるものの、ただ環境保護に役立つという理由だけでは買わない。
普及理論では「アーリィ・マジョリティ(前期追随者)」に該当するでしょう。
「スタンダード・マッチャー」は保守的で、グリーン製品が広く利用されるよ
うになるまで様子見を決め込む人たち。スタンダード=標準となるまではなか
なか購入しようとしない消費者です。普及理論では、「レイト・マジョリティ
(後期追随者)」のセグメントに入るでしょう。
「コーシャス・バイヤー」は、最も保守的で懐疑的な人たち。グリーン製品な
んて、企業が売るためのまやかしなどと思っている人たちもここに含まれます。
普及理論では、「ラガーズ(遅滞者)」です。
企業がグリーンマーケティングに取り組む際には、こうした消費者心理に
基づくセグメントを意識する必要があります。
●「ありがとう」こそ最高の言葉
ちょっとうろ覚えで申し訳けないのですが、歌手・俳優の加山雄三さんが以前
どこかでおっしゃっていたことで今でも強く印象に残っている話があります。
それは、お客さんから頂く言葉で一番うれしいのは「ありがとう」という感謝
の気持ちを表す言葉だということです。加山さんのようなエンタテイナーだけ
でなく、様々な製品やサービスを提供する側にとって最高のほめ言葉は
「ありがとう」でしょう。
ちなみに、一般的な顧客満足度調査では、「とても(大いに)満足した」と
いった選択肢が最高ですね。しかし、実は、満足の先に、「感激した」あるいは
「感動した」というより高次の表現があります。そして、究極の満足に達した
顧客が発する言葉が「感謝したい」という表現なのです。
従来、満足度調査において、「感動した」「感謝したい」という表現を使用
するのはちょっとオオゲサかなと感じていました。しかし、近年はむしろ
積極的に取り込んでいくべきではないかと考えるようになってきました。
というのも、地球環境や社会の様々な問題解決に対して、自社の各種製品や
サービスを通じて貢献することを強く意識し始めた企業が増えているからです。
こうした地球・社会問題解決型の企業は、実際のところ、顧客から
「ありがとう」という言葉をもらうことが多くなっています。本当に困って
いたことが解決したり、ずっと望んでいたことが実現できた顧客の口から
思わずこぼれ出るのは、感謝の言葉になるのです。
●感謝される企業
例えば、池などからくんできた汚れた水でも、特殊な粉末を入れてかき混ぜる
だけでたちまち浄化でき、漉しとればおいしい水が飲めるようになる製品を
開発・販売している日本企業があります。
こうした製品は、非常時用だけでなく、水道が普及していない発展途上国で
使ってもらえるようにすれば、おいしい水が飲めるようになった現地の人に
とっては、「ありがたい」という言葉しか出てこないでしょう。
あるいは、数千円台で購入できるパソコンが最近開発されています。こんな
パソコンは、従来は高価すぎて利用不可能だった途上国の子どもたちに
使ってもらうことで、識字率を低下させ、学力向上に役立てることができます。
子どもたちもまた、パソコンメーカーに対しては、単に満足するのではなく、
大いに感謝してくれることでしょう。
この連載記事では、過去半年ほど「Marketing3.0」の考え方をご紹介して
きましたが、結局のところ、これからの企業が目指すべき方向性、それは、
「感謝される企業を目指す」ということではないかと思っているのです。
「感謝される企業」を目指すことは、企業の私利・私欲を追わないということ
です。また、顧客のせつな的な欲求を充足することでもありません。むしろ、
「本当の意味での幸せ」を実現することに貢献することだと考えています。
「本当の意味での幸せ」は定義が難しいですが、あえて言い切ってしまうと、
自分ひとりがいい思いをすればいいのではなく、社会全体、また地球の
あらゆる生物を含めた全体が調和し、皆が活き活きとした「生」を謳歌できる
ことだろうと思います。
キレイゴトに聞こえますか?しかし、こんなキレイゴトに真剣に取り組む
企業しか、これからは生き残れないと私は確信しています。
投稿者 松尾 順 : 2011年01月08日 02:26
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