誰も教えてくれなかった診断学(後編)
患者の問題解決(=病気・症状の治療)は、
患者の話を聞くことから始まります。
従来の臨床教育では、
患者の話した言葉をそのまま受動的に聞き、
カルテに記入したりプレゼンテーションすることが、
最もよい方法であると教える教師が少なくないそうです。
この発想の根底には、
「頭を使って診断を考えるのは、すべての情報を集めたあと」
という固定観念があると、
『誰も教えてくれなかった診断学』
(野口善令、福原俊一著、医学書院)
の筆者は指摘しています。
しかし、著者が考える真の問題解決は、
患者さんの言葉をただ受動的に受け止めるのではなく、
能動的に情報を引き出し、しかもこれを動きながら考える
ところにあります。
これは、患者さんの言葉から、
考えられる病名を
「仮説(診断仮説)」
として想定し、その仮説の確からしさを確認するための質問を
投げることを繰り返して、正しく病気を特定できるような、
双方向的なコミュニケーションを行うということです。
このように、能動的に情報を引き出すことにより、
より正しい診断に行き着くまでの時間の短縮や、
不要な検査や治療によってもたらされる患者の
心理的・身体的負担や有害事象のリスクの低減に
つながるのだそうです。
つまり、医師という職業においては、
的確な診断に役立つ情報を患者からうまく引き出せる
「インタビュー技術」
を磨くことも必要だということですね。
さて次に、医師は、
患者から引き出した言葉(痛みなどの症状、病歴など)
をうまく解釈して、問題解決に活用できる
「生きた情報」
に変換する必要があります。
同書では、この作業を
「患者の言葉の医学情報化」
と名づけています。
これはどういうことかというと・・・
患者さんの話している言葉が、
どのような医学的意味を持っているのかを解釈し、
またその話を聞きながら、考えられる疾患名を想起する
必要があること、またそのためには、それぞれの疾患に
関する「医学知識」も蓄えていなければならないという
ことです。
以上のことは、
マーケターの世界にも、
ほぼそっくり置き換えることが可能でしょう。
「顧客」の話している言葉が、
どのようなマーケティング意味を持っているのかを解釈し、
またその話を聞きながら、考えられる顕在or潜在ニーズを
想起する必要があること、またそのためには、それぞれの
ニーズに対応できる「商品知識」(やマーケティング知識)
も蓄えていなければならないということです。
医者の場合、
“通勤途中に左胸の痛みを覚えることが多くなった”
というサラリーマンの訴えを聞いた時、
医学的知識に基づき、「胸痛」の症状を呈する様々な
病気の中から、当該患者がどんな病気(例えば「狭心症」)
であるか、適切な診断を下すわけです。
マーケターの場合なら、例えば
“短時間でさくっと運動できるといいのに!”
“男性の目が気になる”
といった消費者の声から、
気楽に立ち寄れる女性向けの運動施設に対する
「潜在ニーズ」
を読み取り、従来のフィットネスクラブと異なり、
プールやシャワーなどのない、着替えもいらない、
ご近所感覚の女性専用小規模フィットネスクラブを
構想するといったことです。
同書によれば、
医師が診断を行うに当たりまず行うのが、
「カードを引く」
という作業です。
「カード」とは、
患者の言葉から「診断仮説」として想定する
「症状と、その症状に対応した病名候補」
のことです。
患者の言葉から、適切なカードにたどり着けば、
その患者の診断は半分済んだようなものだそうです。
すでにある程度病名候補が絞り込まれているので、
必要最低限の検査で病名(問題)を特定できるからです。
面白いことに、
まだ知識・経験の浅い医者は、
引くカード(挙げる病名候補)は少ないのです。
要するに、知識・経験不足のため、
そもそも症状から想定される病名が思いつけない。
ところが、ある程度経験を積んでくると、
診断能力を競うかのように診断仮説をたくさん
並べるようになる。
でも、ベテランの域に達すると、
ツボを押えた比較的少数の実用的な診断仮説のカードを
引けるようになるのだそうです。
このあたりも、
マーケターが顧客の言葉から、
心理を的確に洞察して知見(インサイト)を引き出せる
ようになる段階と非常に似ているように感じます。
医師にしろ、マーケターにしろ、
少数の適切な仮説を立案する能力が不可欠であり、
そのためには十分な知識と知識を使いこなせるようになる
経験が前提として必要なのですね。
つまり、知識が少なすぎても仮説は立てられないし、
知識をやたらひけらかすように仮説を並べてもダメと
いうことです。
同書では、上記のカードを活用しながら、
どのように診断を行うべきなのか、情報の分析方法や思考方法
について詳細な説明が行われていますが専門的になりすぎるので
割愛します。
いつか、同書を参考に
「マーケターのための問題特定法」
といったテーマで記事を書きたいと思っています。
最後に、やみくもに情報を集めることを重視しがちな
マーケターに重要な示唆を与えるフレーズをご紹介して
終わります。
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「検査を多く重ねるほど、より正しい診断に近づく」
というのは幻想であり、
「検査をたくさん行ったほうがより確実な診断ができる」
とは限らない。
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「検査」を「調査」に、
「診断」を「知見洞察」に置き換えて
考えてみるといいですね!
『誰も教えてくれなかった診断学
患者の言葉から診断仮説をどう作るか』
(野口善令、福原俊一著、医学書院)
投稿者 松尾 順 : 2008年11月11日 16:51
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