大相撲の経済学(6)「八百長」の経済学
「週刊現代」の八百長疑惑を報じた記事を巡る
「大相撲八百長訴訟」
の弁論(08/10/03)において、
講談社側の証人として出廷した元小結の板井圭介氏は、
次のように証言しています。
『現役時代、八百長に関与した。横綱、大関なら当時で
70~80万円を払って下位の力士に頼んでいた』
『下位の力士同士であれば、1回勝ったら、次は負ける。
それが相撲界のルール』
板井氏の発言の真偽はさておき、
『大相撲の経済学』
では、八百長を行うインセンティブ(動機)、メリットが、
どのような場合において発生する可能性があるかを検討しています。
(八百長が実際に行われているどうかを検討したものではありません)
同書では、数式を用いて説明してあるのですが、
難しくなるので詳細は本を読んでいただくとして、
ここではポイントのみ紹介しておきます。
そもそも、「経済学の基本理論」にしたがえば、
八百長の取引が成立するためには、その取引によって
正味の利益増加分(純利益)
が発生しなければなりません。
八百長が生み出す利益とは、
ひとつには、負けることによって失うはずの地位や所得を
維持できることです。
また、勝ち負けを確実にすることで、
ガチンコ(真剣)勝負のリスクを回避できることです。
さて、八百長を実際に行うとしたら
取引の方法には坂井氏が証言したように次の2つの方法があります。
1.金銭の授受を行う
2.星を交換する(現在と将来の勝ち星を交換)
金銭の授受が行われる場合について詳しく説明しましょう。
『大相撲の経済学』では、
八百長をもちかけ、金銭を渡す力士を「渡川」、
もらう側を「受取山」と名づけて八百長の成立条件を
具体的に検討しています。
なお、前提として、渡川、受取山の両者は巡業などを通じて
お互いの実力を熟知していて、ガチンコ勝負した際にどの位の割合で
渡川が受取山に勝つかもわかっていることにします。
この前提において、渡川が受取山に八百長を持ちかけるためには、
ガチンコで勝った場合の利益よりも、八百長で確実な勝ち星を得る方
が利益が多くなければなりません。(まあ、当然のことですけど)
一方、受取山が八百長話をOKする条件は、
負けることによって失う損失よりも、
渡川からもらうお金が多くなければなりませんよね。
ですから、八百長が成立しやすくなるのは、
渡川にとってこの一番で勝つことの利益が十分に大きく、
一方、受取山にとって負けることの損失が小さい場合です。
例えば千秋楽において、十両最下位の渡川は、
7勝7敗
で勝ち越しがかかっているとします。
一方、十両十枚目の受取山は、
8勝6敗
で既に勝ち越しを決めています。
このような状況での渡川と受取山の一番で、
もし渡川が負けると幕下に転落。
約100万円の月給がゼロになります。
しかし、受取山の場合は、
勝ち越しているので、この一番に負けても、
それによって被る損失は、勝った場合に得られる勝ち点分
(1円分、実質1場所当たり4000円の力士褒賞金)だけです。
そこで、もし両者のリスク(勝敗率)評価や実力、交渉力が
ほぼ同じだと仮定すれば、この一番における渡川の勝ち星の
取引額はおよそ
25万円
当たりになるだろうと同書では推定しています。
「星の交換」による八百長の場合も、
基本的な成立条件は同じです。
つまり、
八百長の利得がガチンコの利得を上回る場合
に、八百長を行うインセンティブ、メリットが生まれてきます。
逆に、八百長が成立しにくい状況としては、
次のような点が挙げられます。
ひとつは、両者の実力が離れている場合です。
先ほどの例で言えば、渡川が受取山よりも圧倒的に強いと
わかっていれば、ガチンコでも勝てる可能性が高いわけですから、
渡川としては、金銭を渡してまで勝ちを確実にしようとは
思わないでしょう。
もう一つは、両者の現在の一番の重要度が近い場合です。
同じく先ほどの例で言えば、
受取山も、渡川と同様に十両最下位にいて7勝7敗、
千秋楽で負ければ幕下転落の崖っぷちにいるということであれば、
渡川も受取山もどちらも絶対に負けたくない状況です。
この場合、まずガチンコ勝負しかありえませんね。
相撲協会では、八百長を防ぐことを狙いとして、
一番の取組の重要性がほぼ同じ力士同士の取組を増やしています。
千秋楽で、共に7勝7敗の取組が多いのは、
八百長をしたくなるインセンティブを低下させるためなのです。
また、幕内力士と十両力士、
および、十両力士と幕下力士の対戦が多く組まれます。
下位に陥落して給料を減らしたくない力士と、
上位に這い上がって給料を増やしたい力士の対戦であれば、
お互いの損得の和が近いため、八百長をすることによる
純利益がほとんど発生しません。
ですから、やはり八百長をするインセンティブが低くなります。
なお、八百長が起きないようにするためには、
実力がかけ離れた力士同士を組ませるという方法もあります。
ガチンコ勝負でも、
どちらが勝つかお互いほぼわかっているため、
八百長する必要がないからです。
しかし、観客にとっては、
勝ち負けが明白な一番はまったく面白くありません。
(こんな取組ばかりだとファン離れが起きるでしょうね)
どっちが勝つかわからない実力伯仲の力士同士が
闘うからこそ面白いわけです。
したがって、大相撲という興行(娯楽スポーツ)の
運営主体である相撲協会としては、現実にはこのような
取組は避けなければなりません。
ところで、
冒頭の訴訟に出廷した板井氏の証言によると、
八百長をやる理由として、
『お金がほしいというよりも、いま自分がいる地位を保ちたいからだ』
と述べています。
八百長が行われる背景には、
単に経済的なメリットだけでなく、
プライドというか、見栄というか、心理的な要素も
絡んでくるようです。
板井氏のコメントは、
人間が100%合理的な判断に基づく行動するとは限らない点を
示していると言えますね。
今回で『大相撲の経済学』の内容紹介は終わりです。
一連の記事でご紹介できなかったテーマもまだたくさん
ありますので、興味のある方はぜひ本書読んでみてください!
八百長疑惑は残念なことですが、
大相撲界の今後のさらなる隆盛を1相撲ファンとして
応援したいと思っています。
『大相撲の経済学』
(中島隆信著、東洋経済新報社)
(その他関連本)
投稿者 松尾 順 : 2008年10月03日 15:29
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コメント
そもそも『八百長』ってダメなんですかね?
興行なんだから、楽しませないといけない訳ですし。
競輪とかみたいに、その勝負そのものにお金を賭ける時はダメですけど、相撲取りが勝とうが負けようが関係ないと思うんですが。
真剣にやるのはイイ、でもナンデ八百長ダメなんさ?
投稿者 sasayu : 2008年10月04日 09:01
sasayuさんの気持ち、私も同様です。
昨日のメルマガの編集後記では、
次のようなことを書いたんですよ。
そういえば、同じく興行(娯楽スポーツ)であるプロレスは、
演出やストーリーがある程度決まっていますよね。
ただ、ひとつのショーとして観客も楽しんでいるので、
八百長という話には決してなりません。
プロレスと同様、大相撲も
「大相撲一座」
と言える組織。
力士たちはみな同じ釜の飯を食う仲間であり、
運命共同体ですから、勝ち負けについて裏取引の余地が
発生するのは、ある意味仕方のないことかもしれません。
それでもやはり、
大相撲にはガチンコ勝負を期待したいものですけど!
投稿者 松尾順 : 2008年10月04日 10:49
松尾さん、まいど!
八百長も、真剣も賛成!
しかし、
問題は、「税金」が使われているということじゃないでしょうか?
日本相撲協会は、文部科学省管轄の公益法人である財団法人とあります。なので、少なくても税制面で保護されている状態ですね。
文部科学省から補助金として税金も使われているようです。
直接的な形では無いにせよ「事実上」税金が使われています。
私は、取り立てて「相撲」が嫌いな訳ではないのですが、
最近の不祥事や内部的なことの解明やら、こう閉鎖的で、
また、他のスポーツ(興行)と比べて優遇されているのは、
不公平感が、どうしても残ります。
『国技』と言われていますが、僕が探したところ、どこにも法的な根拠は見つかりません。
(まぁ国技の定義もあいまいなんですが。。)
投稿者 Chrosawa : 2008年10月04日 17:33
板井「いたい」です。
文字情報しかソースが無いんですか?
投稿者 bo : 2008年10月05日 10:17
松尾さん、返信どうも!
おっしゃるとおり!
基本的な生活が安定することの次くらいに、文化的なことについて税金をさらに投入していくのは賛成です。
文化的な事について法律や理論で、、、というのも賛成です。
ただし、
今までは、どうも『逆に』あたかも法律的に「国技」だから、
税金投入も、閉鎖性も、かわいがりもOK、またはしょうがないんじゃないか、という、
そここそが問題だったのでは?と思います。
しかし、
そこが、昨今ある意味露呈してきて問題視されているのは、ほっとします。
日本発の世界にも誇れるスポーツのひとつとして、文字通り誇れる組織になってほしいと願います。
投稿者 Chrosawa : 2008年10月05日 15:40
boさん、ご指摘ありがとうございます。
「坂井」ではなくて「板井」なんですね。
早速修正しておきました。
テレビ・ラジオ等、音声情報は、
最低限しか視聴・聴取しないようにしているため、
あまり詳しくない人名や地名などの漢字を間違えている
ことがよくあります・・・
投稿者 松尾順 : 2008年10月05日 17:00
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