大相撲の経済学(5)「一代年寄」を辞退する意義

『大相撲の経済学』では、

「年寄」(通称「年寄株」とも言われる。正確には「年寄名跡」)

について次のような説明があります。

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「年寄名跡(みょうせき)」は、
力士が現役を引退した後、65歳の定年まで生活を
保障してくれる1種の年金証書のようなものである

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「年寄」を取得して、
相撲協会で定年の65歳まで勤め上げたとすると、
この「年金証書」の金銭的価値は

3億円

を超えます。

というのも、30歳ちょっとで引退してから、
定年するまでの30年間に渡って、

およそ1,500万円以上

の年収が毎年入るからです。


このため、輪島のように、
「年寄」を担保にして借金をすることさえできるわけです。

もちろん、年寄を借金の担保にするなぞ不届き千万、言語道断。
輪島は相撲協会から処分を受けましたけどね。


ただし、この年金証書は全部で

105

しかありません。

「年寄」とは、このわずか105の年金証書を
代々受け継いでいくものなのです。


ですから、先の記事で書いたように、
年寄を取得するだけの功績を納めながらも、

「空き」

がないため、定年などによって「年寄(株)」を
譲渡してくれる先輩親方を「ウェイティング」しなければならない
力士が出てきます。


さて、極めて大きな功績を残した力士には特例として

「一代年寄」

が与えられる制度があります。


「一代年寄」とは、文字通り一代限りの年寄。

正規の「年寄」のように、
代々受け継がれていくものではありません。


これまで一代年寄が与えられたのは、
以下のわずか4人です。

・大鵬
・北の湖
・千代の富士
・貴乃花


ところが、千代の富士だけは、
せっかくの名誉な「一代年寄」を辞退しました。


なぜでしょうか?

それは、相撲部屋の継続性が失われるために
優れた力士を確保しにくいからです。


相撲部屋は、
相撲協会から補助金を受けて運営される

「子会社」

のような存在ですが、あくまで独立採算の経営体です。


補助金は、部屋に所属する力士の優れた成果、
番付に応じて支払われるため、相撲部屋の拡大・維持は、

優れた力士を発掘し、育成する

ことにかかっています。


「一代年寄」の場合、現役時代に

「大横綱」

として人気を集めた力士ですから、
いわゆる「ブランドイメージ」が良く、
当初は優れた力士を集めやすいという
アドバンテージを持っています。

しかし、本人の引退が近くなってくると
状況が変わってきます。

なにしろ、一代限りですから、
本人が引退すれば部屋も実質無くなってしまうのです。

そして、所属する力士は、
その時点で別の部屋に移らなければなりません。


例えば、本人の引退に伴い、あと10年で無くなって
しまうことがわかっている部屋に有望な力士が入りたいと
思うでしょうか。

会社でも同じでしょう。

10年後に会社は解散することになっていますので、
その後は自分で次の会社を探してください、という会社に
入社したい人はたぶんあまりいませんよね。


実際、一代年寄の大鵬部屋は、
設立当初は、50人を超える弟子を抱えたことも
あったそうです。

しかし、その後、親方の病気もあって、
2003年(平成15年)の時点では

関取0、取的6人

の弱小部屋となり、
現在は、二子山親方(貴闘力)が引き継いで、

「大嶽部屋」

となり、実質的に「大鵬部屋」は消滅しました。

なお、大鵬は、2005年に定年退職し、
現在は、相撲博物館館長です。


千代の富士はこうしたことを考慮して、
一代年寄ではなく、正規の「年寄」を取得した
というわけです。


ちなみに、九重部屋を継いだ千代の富士、現九重親方は、

千代大海

を大関まで育てました。


一方、一代年寄となった北の湖親方が運営している

「北の湖部屋」

からは、まだ三役力士を1人も輩出していません。


『大相撲の経済学』
(中島隆信著、東洋経済新報社)

→単行本
→文庫本


(その他関連本)

『力士はなぜ四股を踏むのか』

『大相撲界の真相』

『力士の世界』

投稿者 松尾 順 : 2008年10月01日 13:37

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